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アーリア人 (2) コーカサス人=白人の謎

さて、今回は「コーカサス人」の謎について考えてみます。

なぜ白人=コーカサス人(コーカジアン)になったのでしょう。
この用語は、いまだに使われているようです。

(1)にも書いたように、フランスでは警察の調書などには使われているようです。全く知りませんでした。聞いた事なかったです。アメリカでは、公的な出身エスニック調査に使われているようです(州によって違うらしいんですが、このあたりの事情に詳しい資料はないでしょうか)。
この行為はフランスでは法律違反なので、よけいに私は聞いた事がなかったのでしょう。

今回はきなくさい話になってきます。書くのにものすごく神経を使いました。
私は専門家じゃないので、自分のリテラシーを頼りに、これは一般的に受け入れられていることだろうと判断したことだけを取り上げて、自分なりにまとめてみました。

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白人=コーカサス人(コーカジアン)。
現代では当の白人ですら、何のことだかさっぱりわからないという、この言葉。

初めて「白人=コーカジアン」という言葉を使ったのは、Christoph Meiners(1747 – 1810)というドイツ人でした。この人は哲学者であり、歴史家です。自然科学者とも言われます(言われないこともあるようです)。

彼は、人間の種類を、「コーカサス人」「ネグロ人」「モンゴロイド人」などに分け、さらに欧州の各民族(ケルト人、スラブ人など)を分けて評価を加えたそうです。

ある意味、この人が「世界で最初の人類学者」と呼べないこともないのに、彼に関する資料は、ネット上では極端に少ない。他の人はもっといっぱいあるのに。書いている私も、ここまで資料どころか、資料をたぐるための良いヒントすら出て来ないと、本当に書きにくい。あえて無視されているような存在に見えるのです。

なぜかというと、あからさまな人種差別主義者だったからです。
彼は白人は美しい優れた人種で、黒人は醜く劣った人種と主張したのです。

それでも、この人が後世に残した「学問的」に大きな影響はあると感じます。

それは「人間の祖先は一つではなく、人種によって別々である」という概念を提示したことです。

それまでは、この「世界」(欧州、北ヨーロッパ、オリエントあたりまで)において、人間の先祖はたった一つのカップル、アダムとイブだと思われていたのです。
アダムとイブは、旧約聖書に出て来るお話。この「世界」に住む人は、みな一神教です。ユダヤ教→キリスト教→イスラム教と、みんな旧約聖書を読む人たちでした。

コーカジアンとは関係ない、黄色人種の日本人の私から見ると、「人間の先祖は白人でアダムとイブ」という考えは、大変かたよってみえます。というか、ついていけません。分けるだけ進歩のように見えてしまいます。

肝心の「なぜコーカジアンか」についてです。
理由はいくつかあるようです。

まず、ノアの箱船。これも旧約聖書のお話です。神は堕落した人間に怒り、洪水によって人間を滅ぼす事にしました。ノアの一家は正直だったので、前もって神は「船をつくって、すべての動物を一対ずつ船に乗せろ」と知らせてくれたのでした。

人間はみんな、洪水で死んじゃったのですから、今行きている人間も動物も、みんなノアの箱船に乗った人たちの子孫ということになります。ノア一家は、アダムとイブの末裔です。

この箱船がたどりついたのが、アララト山と言われています。
アララト山というのは、現在はトルコにあります。アルメニアやイランとの国境の近くでもあります。
山が一つどんとある訳じゃなくて、山岳地帯なんです。このあたり一帯が「コーカサス」と認識されているわけです。

それから、ギリシャ神話にもアララト山は出てくるようです。人類に火を与えたプロメテウス。彼は神々の王ゼウスの言いつけに背いて、火を人間に与えたために、山にはりつけにされました。毎日ハゲタカが彼の臓物をついばみにきます。でも彼は不死なので、死ぬ事ができません。永久に苦しまなくてはならないのです。この「貼付けにされた山」がアララト山だというのですね。

ちょっと話がそれますが、プロメテウスの話(ギリシャ神話)にも、洪水が出て来ます。旧約聖書にも出て来る。シュメールの粘度版やギルガメシュ叙事詩(メソポタミア)にも出て来るそうです。異常な大洪水は本当にあったに違いありません。昔のお話というのは、史実と創作が混ざっているのが普通なのでしょう。日本書紀もそうです。どれが史実でどれが創作か、いまでも研究がずっと続いています。

さらに言うなら、西洋人にとって最も古い文献は、ずっと旧約聖書だったのです。それが、ハンムラビ法典(メソポタミア文明)が発見されて、もっと古いものが存在するとわかった。このような考古学の発展が、新しい思想の誕生に貢献したのは間違いないでしょう。まだ確認をとっていませんが、確信しています。


話は戻って、アララト山というのは、大小二つあるのですが、本当にきれいです。富士山みたい。写真だからきれいなものがネットにアップされているのでしょうが、それでもね。
やっぱり、神話に登場させたくなるには、美しさがないと。美しくないと、ものがたりは生まれません。それに高い山というのは、何か人間が近寄りがたい、崇高なものを感じさせます。日本人は富士山をもっているので、この気持ちはわかるんじゃないでしょうか。
そびえたつアララト山の美しさも、「白人=人間の起源」にしたくなる原因だと思います。


もう一つ面白い「コーカジアン=白人」説の理由をみつけました。
オダリスクが原因だというのですね。
オダリスクというのは、イスラムの君主のためのハーレムに仕える女奴隷あるいは寵姫のことです。
絵画でもよくテーマになっていますが、アングルのルーブル美術館にある絵(グランド・オダリスク)が有名です。


これが描かれたのは、1814年でかなり後のことですが、18世紀からこのテーマは描かれ続けて来ました。トルコのハーレムにいる白人女性という設定なんですが、トルコというエギゾチズムと、やたら色っぽい白人女性の取り合わせが主題です。
この女性達は、コーカサス出身だそうです。ロシア人がコーカサスの女性をトルコに渡した、あるいは売ったのだそうです。さらわれた人もいたようです。

ちょっとこの話は複雑で、ここでとまってしまいました。


あまり長々もっていても仕方ないので、ここで続く。


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