ジダンの生地で頭突きを考える・追記あり
(このページは、あとにアップした「ジダンはなぜ頭突きしたか」と、内容はほとんど同じです。ただこちらが頭突きのあとすぐに書いて、また「ブログ語」で書かれているのにたいして、後にアップしたほうは、FIFAの判決がでるころに「原稿語」として書いたものです。一部の要望があって二つとものせました。)
ジダンの頭突きをみた瞬間に思った。「ああ、なにか差別的なことを言われたな」と。そしてとても気の毒に思った。これが最後の試合なのに。。。
南仏に住んで4年の私がすぐにそう思ったのだから、もちろんフランス人は全員がすぐにわかっただろう。フランス人だけじゃないかもしれないけど。
彼はアルジェリア移民の両親をもって生まれた。移民の子だ。前にも書いたが、この南仏にはとても植民地出身の人、そしてその子孫が多い。ものすごく多い。彼らは北アフリカの旧フランス領土から、マルセイユに船にのって帰ってきた、あるいはやってきた。南仏の地中海沿岸は、気候も風土も彼らが育った北アフリカに似ている。砂も人もゴキブリも北アフリカから南仏にやってくるのは、前にも書いた。なので、人々の風習や気質もにている。厳密には、ヨーロッパでありフランス人であるもともと南仏の人と、北アフリカ出身者ではかなり違うのだけど、比較の問題で、かなり似ているといっていい。
ところが。ジダンはなぜフランスの英雄になったのだろうか。
よく聞くせりふがある。「フランスのチームって、白人がいなくて、フランスって感じがぜんぜんしない」
まさにそのとおり。日本人が思っているくらいなので、もちろん当のフランス人もそう思っている部分がある。
フランスは、ものすごく移民が多い。イスラム教の移民数では、ヨーロッパ一である。
これは、フランスが北アフリカなど、イスラム教圏の植民地をもっていたことと、大いに関係ある。
去年の暮れも、フランスで生まれた移民の子供たち、アラブ人と黒人が、自分たちの社会的地位への不満がたまって、爆発して、暴動をおこした。
移民とその子孫がものすごく多いフランスで、ジダンがヒーローになったのは、移民社会で苦悩するフランスで、「フランス」ということで、一致団結できる、理想の形を示したものだと賞賛されるのだと、日本で説明されている。「ヒーローは移民の2世。それをフランス人全員で応援するのだ」と。
この説明は、ほぼあたっている。
でも、日本人が知らない点がひとつある。
彼はアルジェリア出身だが、アラブ人ではない。
一般に、アルジェリアはイスラム教徒圏で、アラブ人国家だと思われている。前者はそうだ。でも、後者は微妙である。
確かに学校教育はアラビア語だけど、この地にアラブ人がやってきたのは、7世紀のことである。もともとはベルベル人と呼ばれる遊牧民が住んでいた。それこそキリストが生まれる前から。
ベルベル人はいくつかの部族にわかれる。確か4つか5つだったと思う。部族ごとに言葉は違うが、通じるという。ジダンの出身はカビルという部族だ。
ベルベル人はアラブとの同化、イスラム教化がすすんだ。アラブ人が来てから、もう1400年がたっている。同化も進もうというものだ。でも、カビル族は違った。イスラム教徒にはなったものの、アラブ主義をこばんだのだ。
カビル族は、肌が白くて、目が青い。地中海をはさんでお隣のヨーロッパ人と風貌が似ているのだ。というか、ほとんど同じで、私には区別がつかない。南フランスなんて、肌こそしろいが、髪も瞳も日本人のように黒い人がけっこう多い。カビル人は、彼らより、よっぽど日本人のイメージするヨーロッパ人に近い。アラブとの同化をこばんだというカビル族の歴史が、彼らの風貌にあらわれているのだ。それにしても1400年である。すごい。
私にはカビル出身の友達がいるが、ジダンは出身地で英雄だという。そして彼はことあるごとに、「アラブ人と一緒にするな」と言う。
これがどういうものなのか、微妙である。フランスではアラブ人に対する反感が強い。特に南仏は強い。南仏出身の人に言わせると、ジダンの出身地マルセイユ、その後活躍したカンヌチームなどの南仏は、とにかく反アラブ感情が強く−−−一方で融合・共存もある----黒人に対してはそうでもないが、パリではむしろ、黒人に対する反感が強く、アラブ人に対しては南仏ほどじゃないという。私もパリにいると、黒人ばっかり目について、アラブ人がいるという感じは、南仏にいる時と比べればほとんどないと言っていいほどだ。
そういうアラブ人への反感が強い土地、南仏に住んでいるから、よけいにカビル出身の友達は「アラブ人と一緒にするな」というのかもしれないし、もともとアルジェリアにいるときから、「アラブと自分たちは違うのだ」という誇りをもっていたのかもしれない。両方だと思う。
ジダンもそんな環境で育った可能性だってある。
フランスは彼を英雄にした。でも、彼はアルジェリアで生まれたわけではない。フランスで生まれている。アラブ人と同じようにはられる移民の子のレッテル、でもアラブ人ではないという自分の出身部族に対するプライド、自分はフランス人だという感情。彼はおそらくイスラム教徒なんじゃないだろうか。そうじゃなくても、そういうレッテルをはられることが多かっただろうに。
ひとつ断言できることは、もし彼がアルジェリア出身のアラブ人であったら、彼は絶対にフランスの英雄にまつりあげられなかったということだ。
彼のベルベル人・カビル族の出身と風貌が、彼を移民の子であっても、移民の子だからこそのフランスの英雄にしたのだ。
これらの複雑な思いがジダンのなかにあるのではないかと私は想像してしまう。
差別的なことを言われてカっとしたジダン。その「なにくそ根性」が彼の力になってきた。でも、その原点ゆえに、彼は悲しいサッカー人生の終わり方をしなければならなかった。
私が慰めと思いたいのは、ジダンが最優秀選手に選ばれたことだ。おそらく、ジャッジをくだした人の多くは、彼が差別的なことを言われたとすぐにわかったのだろう。
日本では、ここの感覚が抜け落ちているような気がする。
移民問題で苦しむ国の人が「それでもあの頭突き行為は許されない」という時の言葉の重みは、日本人の比ではない。
最後に、フランスはものすごく苦悩しながらも、それでも移民との共生を模索している国であると付け加えておこう。どのほかの国に、あれほど黒人がチームに入っている国があるだろうか。確かに、一部の階級では、あのようなフランスチームが好きではなく、白人のフランス人が活躍するラグビーのほうを好む。まあ、もともとサッカーはフーリガンが活躍するなど、粗野な面があるし。
これからジダンが自分が何を言われたのか言うのかどうか、それを告白したときに、イタリアの反応はどうか、私の関心はそこにうつっている。
★追記
まず、最優秀選手の投票は、決勝の前におこなわれたそうですね。すみません、知りませんでした。
あと、ベルベル人のカビル族の話ですが、フランスにカビルの人だけが住む地区があるわけじゃないと思います。ネットワークはあるでしょうけど。一つの地区をつくるのには、人数が少なすぎます。それと、フランスに来ると「北アフリカからの移民」という同じカテゴリーに入るし、もともとアラブ人もベルベル人・カビル人もイスラム教徒。アルジェリアでは基本的には共存していたわけですから、フランスでも「移民地区・アラブ人地区」に一緒にすんでいると思います。
なんでこんなことを書くかというと、つまりジダンにとって、アラブ系移民は「一緒に育った仲間」なのではないかと想像するのですよ。
私の友達のカビル人は、アルジェリア人です。だから「アラブ人と一緒にするな」とばっさり切り捨てられます。アルジェリアは国土が広いし、カビル族もたくさんいるから、カビル族が主に住む地域というのがありつつも、同じイスラム教徒・アルジェリア人であるアラブ人と共存できます。
でも、ジダンは、きっと同じアルジェリア系移民のアラブ人の子供と、一緒に学校では机をならべ、一緒にボールをけって遊んだと思うのです。友達も自分も、「両親はアルジェリア系移民のイスラム教徒」。子供達は思ったに違いありません。「でもぼくたちは、フランスで生まれたフランス人だよね。なのに、なんでこんな貧しい所で差別されているんだろう」と。
だから、ジダンにとって、アラブ系のフランス人は「仲間」と思っている可能性もあります。
ジダンはマルセイユの貧民街で育ちました。行った事があるわけありません。外国人の女性である私がいくなんて、考えるだけでも怖いです。
南仏でも他の町、特にコートダジュールなら、普通に外国で注意をはらうようにしていれば、まずは安全です。でもマルセイユは、昼間、人が多い繁華街でも、かばんを前に抱きかかえるようにして歩かないと不安です。現地の「普通の」移民系の人でもそういう風に女性はかばんをもっていますから。すんでいる人は、ちゃんと安全な地区に住んでいても、10時以降は女性一人では絶対に外出しないそうです。「あたりまえだ」と思わせる街です。
もちろん、地中海らしい明るさをもっているところではありますが。
なんでも、その地区では、強盗があったくらいでは、警察もいかないそうです。通報しても「ああ、その地区にはいかないよ」とあっさり言われるらしいです。もちろん殺人があれば別でしょうけど。これは噂にすぎないですけど。。。
私の友達のカビル族の人は、中の下くらいのホテルでレセプションの仕事をみつけました。正直、驚きました。アルジェリア人で、ホテルの掃除じゃなくてレセプションの仕事をみつけるなんて、驚いたのです。「やっぱり彼の、ジダンと同じ、白い肌と青い目のせいなのかな。。。」と思いました。
あとで、彼は「同じカビル族の人の紹介なんだよ」といったので、「なるほど」と思いました。
アルジェリアから来る人は、家をみつけるのすら大変です。そうすると、先にやってきている同胞が助けるのです。もちろん、集まる場所はイスラム教徒のモスクです。ここで助け合ったり、情報交換したりするのです。
ただ、カビル人の友達は、そういうネットワークとはかかわりたくないようでした。アラブ人の集まるところと思うのでしょうか。
ただ、繰り返しますが、彼はアルジェリア人です。ジダンはフランスで生まれたフランス人です。
ジダンが育った貧民街は、みんなアルジェリアや植民地出身の貧しい人---おそらくイスラム教徒---が集まっていた地区なのでしょう。そのなかで、2世でしかない彼が、自分のカビル族の出生、自分の白い肌の色、自分の青い目、それらに対してどのように思っていたかは分かりません。3世4世になると薄まりますが、2世では、一般的に移民してきた両親の影響を色濃く受け継ぎます。
両親は私の友達と同じアルジェリア生まれで、自分がカビル族であることを、どのように思っている人なのかな。なんでも、家ではジダンはカビル語(ベルベル語)を話すらしいです。ご両親はアルジェリア生まれだから、フランス語が話せない、あるいは下手である可能性がありますね。。。
ただ、一つ確信をもてることは、彼は必ず、自分がフランスに「国民的英雄」−−−ただの「英雄」じゃありません。「すごいスポーツ選手」でもありません----にまつりあげられたのは、自分の肌の色と目の色のおかげであることは、絶対に知っているということです。
自分が育ったのと同じ貧民窟に住むアラブ系の子供が、神様をみるような目でジダンを見ながら「ねえ、僕もサッカーが上手になったら、あなたのような英雄になれるかな」と聞いたら、ジダンはなんて答えるのでしょうか。「ああ、なれるとも」と言ったらそれはウソになる。絶対になれない。この子供は、「フランスチームのすばらしい選手」になれる可能性は全くないとは言えないにしても、自分のように「フランスから愛される英雄」には絶対になれない。たとえ天才的にサッカーが上手だったとしても。だってこの子はアラブ系なのだから。
彼はどのようなアイデンティティをもっているのでしょうか。移民の子であること、貧民窟にすんでいたこと、(たぶん)イスラム教徒であること、カビル出身であること・・・そして自分に対する周りの目。
それらすべて、彼がどう思っているのか、わかりません。
ただ、一途にサッカーに専心してきたことだけは確かでしょう。
それなのに、こんなサッカー人生の終わり方をするなんて。
ジダンは引き裂かれた英雄だと思います。
彼は何を言われたのでしょうか。彼はヨーロッパ人の風貌をもっていますから、きっとイスラム教に関係することだったんじゃないでしょうか。
イタリア人は歴史的にはかなり人種差別的概念のうすい人たちという評価がある一方で、ほかのヨーロッパ諸国とほぼ同じく「自国の経済が悪いのは移民のせい」という勢力が強いところでもあります。
フランスは圧倒的に旧植民地の北アフリカからの移民が多いですが、イタリアは半島の東のほうは、アルバニアや旧ユーゴ圏からの移民が多いと聞きます。また、最近ではフランスも移民の制限がどんどん厳しくなっているので、比較的ゆるいイタリアに北アフリカから入ってくると聞いた事があります。
私は、日本人はいかに素晴らしいか、それに対して最近やってくるアラブ系の移民たちの、なんと困ったことか---と、とうとうと語るイタリア人ジャーナリストに会った事があります。彼は、日韓のワールドカップの取材に日本に行ったことがある人でした。おそらくすべて本音でしょう。そして、「自分は人種差別でこういうことを言っているのではない」ということをいいたいこともあって、日本人がいかにすばらしいか強調した側面もあったかもしれません。
フランスのほうが移民にたいする政策や法整備が進んでいると、フランスに留学してきたイタリア人に会ったこともあります。
南仏は、北アフリカにも近いですが、イタリアもすぐ近くですから、いろいろな人に出会います。
差別発言が明るみになったとき、イタリア人はどう反応するのかな。。。
あと、不思議なんだけど、移民数でいえばイギリスだってすごく移民が多いはずなのに、どうしてイギリスチームは「本来の」イギリス人、つまり白人の選手だらけなんだろう。階級制度が、優秀なサッカー選手をうんでいるのかしら。ナゾだ。。。
最優秀選手を決める投票は、決勝前日で閉め切られたそうです。
頭突きによる同情票ではないのです。この頭突き後にZidaneが授与されても、異論の声が出ていない(と思う)のは、やっぱり、彼の功績がそれだけ大きかったのでしょう。
しかし、現在のフランスは、一般移民に厳しくなりつつありますよね。
それだけに、Zidaneの残念な引き際は、今後の移民問題にも影を落としそうな感じです。帰国しても、フランスの移民問題は関心が絶えません。
by りお姐 (2006-07-11 14:50)
ジダンの行為、とても残念です。
マスコミが作ったイメージなのかはしりませんが、MR.人格者で子供達のヒーローという立場でプレイしていた人なので。
準決勝を一緒に見ていた子供達も、「ジダン!ジダン!」と大興奮だったものなぁ・・・。
本人としても、あの幕切れはとても悲しかったでしょう。
思わず体が動いてしまったのでしょうね。
数日後に本人達からことの詳細が発表されるらしい、と聞きました。
差別用語であろうが人格否定であろうが、言葉に対して暴力を振るってしまったことは事実ですものね。
by meg (2006-07-11 22:00)
ラグビー代表も移民が多いですね
現役だと
スザルゼウスキ・・・ポーランド
ヤシュヴィリ・・・グルジア
二ヤンガ・・・ザイール
他にもカメルーンやモロッコ出身の選手もいたはずです
by 奈 (2009-05-22 21:52)